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東武特急展望車

今回も東武ン補給でスミマセン!
しかし、今回は私が生まれるはるか昔のお話です。

来月、展望列車スカイツリートレイン634型のデビューを控えていますが東武の展望車はこれが初めてではありません。
かつて存在した1形式1両のトク1形トク500・・・昭和4年(1929)、日光線の開業とほぼ同じくして造られた貴賓車です。
時代はすでに昭和なのに木造客車・・・リベットの打たれた鋼製車体では貴賓車としての優美な雰囲気が損なわれるということだったのかもしれません。

トク500の詳細は今更言うまでもなく鉄道ピクトリアルのバックナンバーや、Wikipediaで紹介されています。
戦前の貴賓車時代・・・というか当初から貸切利用が主目的だったようですが定員は旅客8名、乗務員14名の定員20名なんて今でも贅沢な使い方の車両だったんだなと思います。    

  IMG_繝・ワ5_convert_20121025112011

最初の日光特急は専用車両も無く、他の急行や普通と同じデハ5形やデハ4形が充てられ時にはSL時代の客車改造の木造サハも連結され浅草(初代)-東武日光間の所要時間は2時間20分
トク500もこんな編成の最後部に連結されて日光路を往復していたのでしょう。

しかし、昭和10年(1935)にデハ10形が登場
   IMG_繝・ワ10_convert_20121025112042
浅草雷門-東武日光間は2時間17分
性能は勿論、車内のアコモデーションもデハ5より格段にグレードアップ

デハ10の増備、世界恐慌、戦時体制へ・・・と時代の流れにより昭和17年(1942)には日光特急運転中止
トク500の出番は少なくなり昭和18年(1943)には廃車同然となってしまったとのこと

終戦後、昭和23年(1948)に特急が連合軍専用列車の国鉄借入の2等客車をけん引するデハ10を日本人旅客に開放することで復活します。
                      IMG_5310迚ケ諤・_convert_20121025111941
これは昭和25年(1950)発行の東武沿線旅行ガイドの広告です。
当時は5700系が登場する前で、戦後のデハ10・・・5310系の車内の写真が掲載されています。
 浅草-日光間は所要時間3時間で、運賃は¥160-
 浅草-鬼怒川は3時間15分で
¥170-
特急料金は¥100-自由定員制だったそうです。

   IMG_繝医け500-2_convert_20121025114235
同じガイドに、復活したトク500の広告も掲載されています。

 「☆EXPRESS DE LUXE☆東武が誇る!新展望車!愈々登場!」

貸切料金は
鬼怒川温泉まで片道・・・エッ!¥1,704,000-!・・・と思ったら、¥17,040-でした。(.00というのは銭の表示でしょうか?)
日光は¥16,320-
・・・と、単純に定員24人で割る1人当たり運賃の約4倍の料金ということに。


トク500は戦後、前述の連合軍専用列車に使おうとしたら木造車であるとの理由で却下となり戦前と同じく団体貸切用として復活することになります。
昭和24年(1949)に整備されオープンデッキから密閉式展望台となり料理室などが撤去され代わりにスタンドバーが設けられ、定員は戦前の3倍の24名!
如何に戦前の車内スペースの使い方が贅沢だったか分かりますね。

昭和25年(1950)年からは、週末の特急に連結され日光および鬼怒川に向かい日曜日の上り特急で浅草に帰って来る定期運行が行われました。 上の広告はその時のものでしょう。
しかし、展望客車のため終点到着の都度方向転換が必要で日光・鬼怒川に向かうと電車や機関車でけん引し下今市まで回送、浅草到着時も業平橋まで回送しターンテーブルで方向転換。
また、始発駅の入線時には推進運転と使い勝手は良くなく復活後の活躍も長くは続きませんでした。
翌年、昭和26年(1951)の5700系登場により使われなくなり昭和32年(1957)に廃車

昭和56年(1981)に東武鉄道創立80周年記念で復元され、東武動物公園に展示されましたが木造車の屋外展示ゆえ平成8年(1996)に解体されてしまったのは残念!

トク500の廃車から55年・・・再び日光路に展望車が復活します!



【参考文献】
 鉄道ピクトリアル各バックナンバー
『東武デラックスロマンスカー』(JTBキャンブックス)


最後にオマケでクイズです!!
IMG_0002_convert_20121025111913.jpg
これは、上の沿線ガイドとは別の物ですが、東武鉄道沿線案内の小冊子です。
発行年が記されていませんが昭和23年から昭和25年にかけてのものと思われます。

さて、表紙のイラストの電車は5310系でしょう! しかし、このイラストには間違いがあります。

まぁ、鉄道ファン以外には面白くもない重箱の隅をツツクようなものですが
お分かりになりますでしょうか?
デハ10形のイラストと見比べてみてください。

答えは・・・
 

 運転台が左側になっている。
 戦前の東武の車両は非貫通車は中央運転台ですが、貫通路付きの車両は右側運転台です。

です。(マウスをドラッグして反転させてみてください)


今回はこれまで!
お粗末さまでした!!
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