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思い出話

PCのデータを確認・整理していたら、京急700形のさよなら運転の時の画像が出てきました。

今回は、京急の中では正直地味な存在だった700形の思い出話を綴ってみたいと思います。
京急で700形を名乗ったのは2代目にあたりますね。

2005年11月28日、700形運行最終日は沿線の幼稚園・保育園の子供たちが招待され貸切列車で運転。
一般者は乗車できませんでした。
P1020809_convert_20110729200227.jpg 
京急川崎-港町間で・・・この時はシャッターを切るのが早すぎて、連写モードだったのですがベストの位置に電車が来た所でバッファがいっぱいになり書き込みモードで撮影できなくなってしまいました。(泣)
P1020824_convert_20110729200311.jpg
小島新田行きの車中から対向車の700形を撮影。運転室の仕切り窓に反射した人影が写りこんでます。

P1020828_convert_20110729200350.jpg 
小島新田駅そばで撮影(現在はこの場所での撮影は工事のため不可能)

P1020832_convert_20110729200442.jpg 
京急川崎

700形というと、長年に亘って大師線の主というイメージをお持ちの方も多いかと思います。
私にとっては700形は、大師線は勿論ですが、朝の 通勤快特 の思い出が強くあるのです。

私、大学生の頃京急の某駅で駅員のアルバイトをしておりました。
当時は、2100形が登場し、2000形の3ドア化工事が始まる一方分散型クーラー・白幕の1000形初期車もまだ現役、空港線天空橋-羽田空港間の開業エアポート快特エアポート特急の運行が開始され、車両もダイヤもバラエティーに富んだ時期でした。

そんな時期に、アルバイトとして朝夕のラッシュ時に駅の改札やホームに立っていたのです。
当時の朝のラッシュ時は通勤快特特急急行 普通が2~3分間隔でやって来ます・・・ってこう書くと何所の駅だったかバレますね(笑)・・・

使用される形式は都営直通のH特急は1500形、急行は都営直通急行が1000形、下りでは都営車や北総車の新逗子行きもありました。D急行には1000形や700形が充当されました。
普通は800形のほぼ独壇場でした。

そして、朝ラッシュ時の切り札 通勤快特 (B特)ですが、601B~719Bまで10本が運行されます。
確か最初の2本と最後は2000形、2100形、600形で、3本目の605Bからは1000形8両+700形4両の12両編成・・・これが当時の通勤快特の標準編成でした。
そして最混雑時間帯を走る711B713Bオール700形の12両編成でした。

48枚のドアが一斉に開閉するのは実に壮観
でしたが、難点もあったのです。
700形は1000形や800形といった他の片開きドアの車両より、ドアの圧力が強く戸挟みを起こすと大変でした。
ドアに少し隙間が生じていればその隙間に手を突っ込んで足を引っ掛け「てこの原理」で少しこじ開け挟まった荷物など車内に引いてもらうのですが、700形では閉まってしまえばこじ開けるのはまず不可能で手の代わりにフライ旗の柄をねじ込んで隙間を作ろうとしたら柄が折れてしまったなんて話もありました。
私も何度痛い思いをしたことか(笑)
また、700形と白幕の1000形初期車は小開扉機能がなくドアを開けるしかないとなると全車両のドアを再度開けなければなりませんでした。

そんな700形、普通列車用として2M1Tの3両編成で最高性能を発揮するよう設計されながらその殆んどの期間を2M2Tで使用されたのは皆様すでにご存知の通り。
3両編成だと起動加速度は3.5km/hなのに対し4両編成では2.7km/h・・・しかしながら高速域での加速の伸びは1000形よりも上という、車体は通勤用ながら足回りは特急用といった感じでしょうか。

1000形8両+700形4両の12両編成で700形が先頭のとき、駅を発車すると加速時に後ろから押されている感じが、そして高速域になると逆に1000形が引っ張られる感じがしたような記憶がおぼろげにあります。

また、平成の世には珍しく側窓が全開可能で、保護棒が取り付けられていたのも印象的でしたが、これは私が社会人になってアルバイトを辞めた後になりますが、上部窓が固定されたそうです。

とりとめもない思い出話を長々と書き綴ってしまいましたが、お付き合いいただけたなら幸いです。
あくまで、思い出話ですので記憶違いなどあるかもしれません。その点はあしからずご了承くださいませ。

ウーン・・・この記事を書きながら今年の夏休みは 琴 電 に行きたい気分になって来ました・・・って、その前に夏休み取れるかしら・・・
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コメント

非公開コメント

No title

700って、京急大好きの私ですが正直困った存在でした。
コンセプトは理解できるし、片開き4ドアという考え方も好きだった・・
でも趣味的にはあの正面デザインや、「赤い棺桶」と呼ばれた夏場の暑さは許しがたいものでしたね。

今までも伝統的なデザインとの違和感がありすぎて、最後まで好きとはいえなかった電車って結構あります。京急700・京王6000・小田急3000(コレは現役ですが)。
でも、いざ消えていくとなると、一抹の寂しさを感じるのは、ファンの身勝手ですね。

コメントありがとうございます

■Cedar様

あー、冷房化前の夏場の700形はきつかったでしょうね・・・何しろ側窓の半分が戸袋窓ですものね!(800形もそうですが)
・・・って、私も乗ったことがあるはずなのですが幼稚園生の頃なので記憶がないのです。高運転台の更新前の1次車の記憶はハッキリとあるんですけどね・・・

> 今までも伝統的なデザインとの違和感がありすぎて、最後まで好きとはいえなかった電車って結構あります。京急700・京王6000・小田急3000(コレは現役ですが)。

共通点は輸送力増強が第一で、デザインが機能重視になってしまった車両たちですね。
でも、昨今の「走るんです」グループ(小田急3000はこれに入りますね)と比べたら
京急700形、京王6000系も特徴があるスタイルだったなぁと思います。
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